二戸のテロワールを、世界に問う。

南部美人

「こんな素晴らしい酒をつくる蔵元の息子なら、その酒蔵を継ぐのは当然だろう」

5代目久慈浩介は、高校2年の時にアメリカに短期留学。オクラホマのホームステイ先の主人に、南部美人をみやげとして持って行った。そのおいしさに感動したワイン好きの主人から、滞在中こう言われ続けたことが、南部美人がやがて世界的な日本酒の銘柄になるストーリーの始まりだ。教師をめざしていたが、帰国後一転、東京農業大学醸造科に進む。在学中、酒は飲んで学べ、という豪快な先生のもと、蔵元の息子たちと飲みまくり、数々の銘酒と出会って衝撃を受ける。南部美人を根底から変えなければならない、蔵元こそが本気で酒をつくらなければ、と熱い決意をもって卒業後、実家の蔵元に入る。

岩手県二戸市にある南部美人の創業は、明治35年。4代目の蔵元は父親であり、杜氏は現代の名工の一人、勲六等瑞宝章を受章した山口一(はじめ)。日本酒づくりでは、蔵元は酒造りに関して、杜氏に一切口を出さないのが古くからのしきたり。それを頑なに守ってきた、老舗蔵元の父と現代の名工の杜氏。そのしきたりをそうかんたんには曲げない、というのは想像に難くない。それを、久慈は変革していった。

新しい時代の、新しいタイプの日本酒蔵として「飲んだ時に笑顔あふれる太陽のような酒」を目標にすえた。戦後の米不足に時代からつくられていた、醸造用アルコールと糖類で水増しする、三倍増醸清酒の製造を止めた。酒にトラブルがあるときにそれを矯正する日本古来の技術、炭素ろ過も、酒の味をそこねるとして止めた。延々とつづく親子の衝突だったが、成功の兆しが見え始めて、父親の考え方も変わってきたという。久慈は酒造りに深くかかわる5代目蔵元になり、名工の技と心を受けつぐ松森淳次は、それに応える杜氏となった。

しかし久慈は、岩手の、二戸の地酒としての南部美人を全否定したのではない。南部美人としての二戸のテロワールにこだわっている。テロワールは、もともとワインの考え方で、地理、地勢、気候による特徴を意味するフランス語。同じ土地では、その土地特有の土壌、気候、地形、技術、文化、さらには人が影響し、そこで生まれる生産物に土地特有の性格をつくる。この考え方は南部美人の地酒としてのあり方に、あてはまる。

岩手にきた近江商人から教えを受け、発展した岩手県北部の酒造り。この土地の気候に合わせた酒造りは、南部という土地の名前にちなんで南部流といわれ、南部杜氏は日本三大杜氏のひとつにまでなった。南部美人の現在の杜氏、松森もこの南部流を先代杜氏から学んでいる。日本海側で雪を降らせた雲や風は奥羽山脈を越えて、二戸にさらに寒く乾燥した冬を届ける。その厳しい寒さの中で、時間をかけ低温発酵させて日本酒をつくる。

酒米は、岩手県産の酒米「吟ぎんが」と「ぎんおとめ」。純米酒や本醸造用専用の「ぎんおとめ」は、酒蔵のある岩手県北部だけで育てられる品種で、生産方法は有機栽培に近い特殊な技術が使われている。水は二戸市の景勝、折爪馬仙峡の伏流水を使用。この水は中硬水で、酵母や麹の発酵促進に効果的で、後味を引き締めるという特徴を生む。久慈は、酒米の生産者はもちろん、地元に帰り独立した料理人たちとも、意見を交わす。地元の豚、鳥、牛、さらには地元二戸が生む世界的な名品、浄法寺漆器までも組み合わせて、南部美人のテロワールが形づくられる。

視点を世界にも向けた。海外に輸出される日本酒は、防腐剤が入っているという誤解。味わいもせず、知名度のないブランドには見向きもしない日本酒レストラン。そこで久慈は、ワインを酒のものさしにする人たちに向けてPRを始め、勝負をかけた。高校生の時、留学先のワイン好きの主人から、日本酒を誉められたことも、この発想の根底にはつながっていたのかもしれない。2016年あたりから、世界で日本酒を評価する潮目が変わった。それまでは純米大吟醸だけが評価されていたが、外国審査員がいわば成長し、酒のうまさの本質を評価できるようになった。ここから、南部美人が、世界の賞を総ナメしていく。シルクのようなビロードのような旨味と評価され、2017年インターナショナルワインチャレンジでチャンピオンとなったのは、720ml/1,500円レベルの純米酒だった。

いまや南部美人は、世界各国へ輸出され、国際線のファーストクラス、ビジネスクラスでも採用されているほどの、世界的な日本酒である。しかし、それに奢ることなく、人生の節目に酒と出会うときに、より多くの人に愛されるお酒であり続けることにこだわる。精神は、温故知新だという。

久慈浩介

株式会社 南部美人 五代目蔵元 日本酒の世界では、風雲児的な蔵元である。代々続いていた蔵元のあり方を変え、杜氏とともに新しい時代の、新しい日本酒をつくり、やがてそれは世界一の日本酒となった。海外にも積極的に出かけ、その地で日本酒をつくってみたいという人には知識や技術を惜しみなく教える。世界各地で世界各地の日本酒ができればいい、と考え、日本酒が、ワインやウィスキーと同じように世界各地でつくられる世界酒になることを信じる。

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