牛と人間が一緒につくる、放牧地から。

田野畑山地酪農牛乳

耕地として利用することが不可能な急傾斜の山地に柵を巡らし、乳牛を放ち、切り開く。 ニホンシバを移植して、伸びた野草は牛に食べてもらいながら、牛と人間との共働作業で牧山放牧地を作る。完全無化学肥料、無農薬、穀物飼料なしの、草食の乳牛の本性を最大限に生かす酪農。 飼育に、費用はかからない。戦後間もなく、植物社会生態学者である猶原恭爾(なおはらきょうじ)博士が提唱した山地酪農(やまちらくのう)を実践しているのが、北三陸・田野畑村の山地酪農だ。

創業者である吉塚公雄は、東京農業大学に在学中、この山地酪農に強く共鳴し、既に田野畑村で山地酪農を始めていた先輩を頼って、昭和49年春にこの地にやって来た。 山を拓き、二ホンシバを植えた。沿岸の漁師から貰った貝殻を撒いた。 いまでは50種類以上の野草が牧山放牧地に自生し、乳牛がそれを食む。

といっても、この山地酪農が順調に歩んできたわけではない。なんどもなんども困難を乗り越えて、いまがある。地元のテレビ局が、吉塚が実践している山地酪農を取り上げたことが転機となった。山地酪農の健康な牛の牛乳を飲みたい、という声が県内で、そして全国で上がりはじめた。

飲急傾斜を歩きながら、乳牛は季節の旬の野草をふんだんに食べる。薬草となる、苦いセンブリも食べる。カラダにいいことを知っているのだ。漁師から分けてもらった、塩蔵わかめの跳ねものを牛が食う。塩分とミネラルの補給になる。 飲む水は農場の湧水だ。自然にないものは、ここには一切ない。

現在、田野畑山地酪農牛乳には、吉塚農場と熊谷農場と二つの牧場がある。吉塚農場には28頭、熊谷農場には36頭の乳牛が、自然の環境で自由に育っている。吉塚農場には、近隣の酪農家からもらったニュージャージー種が一頭いるが、基本はホルスタイン種となる。

乳牛から搾られる原乳は、真のグラスフェッドだ。しかし、無理に乳牛に搾乳量を増やすようなことは一切せず自然にまかせるため、その搾乳量は一般の酪農方法の3分の一となる。牛乳を配達しに行くと、「春の味になったね。」「秋の味になったね。」と言われる。旬の野草を大量に食べるので、微妙に味が変化するのだ。この農場は、いまは長男の公太郎が受け継いでいる。 バターやチーズ作りは四男の雄志が担当し、牧場内につくった工房「ミルクポートNAO」で製造している。北海道でチーズ作りを学んだ。たった一人で、すべてを作る。チーズもバターもグラスフェッドの原乳から作り、その味が季節で変化をするのが魅力だ。

吉塚公太郎
田野畑山地酪農牛乳 志ろがねの牧 農場長

創業者、吉塚公雄の長男。目標は健全経営の確立。父親の背中を見ながら育ち、ようやくここまでにした山地酪農を、確立した成功例として引き継ぐことをめざす。

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