産地の意地がつくった、〆鯖。

八戸ニューシティホテル 魚菜工房 七重

谷口が板長を務める魚菜工房 七重は、八戸市を一望する八戸ニューシティホテルの最上階にある。かつて宿泊客に、八戸では何がおいしいの、と聞かれて言葉に詰まった。頭に思い浮かんだのは、11月半ばから12月半ばまでに八戸港に1日で数千トンの水揚げがある鯖だった。しかし、鯖の料理が浮かばない。浮かんだのは、港の近くの水産工場で生産される、サバ缶だけだった。八戸沖で揚がる鯖は、一説によると、小笠原あたりで生まれる。その後、北海道沖まで北上し、水温が下がり始めると、産卵のため南下する。この長旅のためにからだにたっぷりと脂を蓄えた状態で揚がる。実は日本で獲れる鯖の中で、最も脂がのっている良質の鯖なのだ。

こんなに地元の港ではいい鯖が揚がっているのに、どうして名物となる鯖料理がないのか。まずは自分でできるものからと、小さな鯖を買った。煮てみると、それは臭みだけの食べられたものではなかった。それから試行錯誤が始まった。谷口の哲学は、人に聞かない、習わない。人から教わったものは、他人のものであり、自分のものではない。添加物や調味料をつかわず、たまねぎだけを使って「人に買ってもらえる」鯖の味噌煮ができるまで10数年かかった。

その次に挑んだのが、〆鯖だった。谷口は、高校生の時、友人の母親がつくった〆鯖のうまさが忘れられずにいた。しかし、これも人に聞かない、習わない。ものすごくうまかった、という記憶だけを頼りに、時としては鯖の〆方を誤り、身を挺することにもなった。これもまた10数年かかる。すべて、自分で考え、実行し、再び試すの繰り返し。鯖をおろすときには、まず先に尻尾を切って、血を抜くことを知った。これをしなければ、臭味がのこる。三枚におろしてからは、鯖の旨みが流れるので、水で洗わないこと。そして、24時間ほど乾し、身に膜を付けて旨みを閉じ込める。普通の〆鯖づくりではしない工程をプラスした。谷口はこれを二段干しといい、どう干すか、そしてどう酢で締めていくかは、谷口の頭の中にしかない。

八戸沖で揚がる鯖だけあって、脂がのっている。それなのに、くどくない、酸っぱ過ぎず、生っぽくもない。このおいしさが評判を生み、さまざまなところで取り上げられ始めた。

いま谷口は、年間15トンの鯖を仕入れるという。大量の水揚げがある八戸港では、いちいち鯖の選別をしない。鯖であれば、1トン単位である。600グラム以上ある真鯖は〆鯖へ、それ以下のゴマ鯖は味噌煮へ、という仕分けから、料理人の1日が始まる。

八戸では、味のよくない小さな真鯖は虎の模様がでるため、まずい鯖のことを虎鯖と呼んだ。谷口はこれを逆手にとって、自分のつくる〆鯖を虎鯖として登録商標までとった。そしていま、八戸のおいしいものといえば、自分がつくった虎鯖だと答える。たかが鯖、手をちゃんと加えれば、されど鯖になる。これが彼の持論だ。

谷口圭介

八戸ニューシティホテル 魚菜工房 七重 板長

八戸の鯖を虎鯖として八戸の名物とした「谷口板長」として、地元では有名である。全国の百貨店で行われる催事にも参加、八戸の名物として虎鯖を全国に広めている。〆鯖が完成した後、それを利用した棒寿司もつくり、こちらも「食べたことのないおいしさ」の棒寿司と言われている。

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